《いだ》いて来た。
「あの、お前さん。あんまり飲むと毒ですよ」
「いくら飲んだっていいよ。あたしが飲むんじゃないから」と、眼付きのいよいよ悽愴《ものすご》くなって来たお絹は、左の手には杯を持ちながら、右の手で袂をいじっていた。
それを見てお花はいよいよ不安に思った。
もしやさっきのお此の二の舞をここで演《や》るつもりではあるまいかと、彼女は少しいざり出てお絹の楯になった。よもやここまで蛇を連れて来る筈もあるまいと思いながら、彼女はそっとお絹の袂を探《さぐ》ろうとすると、お絹は眼をひからせてその手を強く叩きのけた。
「なにをするんだよ。人の袂へ手をやって……。おまえ巾着切《きんちゃっきり》かえ」
「なんだ、なんだ。袂に大事の一巻でも忍ばせてあるのか」と、千次郎は笑った。
「ええ、大事なものよ。おまえさんに見せて上げましょうか。あたしの袂に忍ばせてあるのは商売道具の青大将よ」
そばにいた女中たちはきゃっ[#「きゃっ」に傍点]といって飛び上がった。まだその正体を見とどけないうちに、千次郎も顔色を変えて起ち上がった。お絹はあざ笑いながら両方の袂を軽く振ってみせた。
「ほら、ご覧なさい。大
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