彼女も人にむかって、おのれの身分を誇ろうとは思っていなかった。しかし、かれらからさげすむような素振りを眼《ま》のあたりに見せつけられると、お絹は堪忍ができなかった。かれらとても大名|高家《こうけ》のお姫さまではない。多寡が茶屋小屋の女中ではないか。その女中|風情《ふぜい》に卑しめられるのは如何にも口惜しいと、彼女の癇癪はむらむら[#「むらむら」に傍点]と起った。
 それから更に面白くないのは千次郎の態度であった。なるほど道楽者だけに話も面白い。すべての取りまわしも野暮《やぼ》ではない。しかしその野暮でないのをひけらかすような処に、お絹には堪まらないほど不快の点が多かった。しょせん彼の胸には、色の恋のと名づけられるような可愛らしいものを持っているのではない。単に一種の変り物を賞翫《しょうがん》するような心持ちで自分をもてあそぼうというに過ぎないことも、お絹にはよく見透かされた。
 女中たちに対する不平と、千次郎に対する不快と、この二つがお絹を駆ってしたたかに酒を飲ませた。彼女は大蛇《おろち》のように息もつかずに飲んだ。そばに観ているお花は、だんだんに蒼ざめてゆく彼女の顔色に少しく不安を懐
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