た》よろしくあって幕という寸法だろう。どうだ、どうだ」
「見料五十文は惜しくない」と、お花は澄まして笑っていた。
「だが、罪だな」と、豊吉は勿体らしく首をひねった。「なぜと言いねえ。取り巻きのおめえ達はそれでよかろうが、姐さんはいい人身御供《ひとみごくう》だ。そんなことが向柳原へひびいてみねえ。決して姐さんの為にゃなるめえぜ」
「姐さんもちっとは浮気をするがいいのさ」
「などと傍《そば》から水を向けるんだからおそろしい。悪党に逢っちゃあ敵《かな》わねえな」
「人聞きの悪いことをお言いでないよ」
 豊吉の推測はことごとく外《はず》れなかった。小屋が閉場《かぶ》ってから、お花はどう説き付けたかお絹を誘い出して向島へ駕籠で行った。豊吉のいった通り、浅草寺の入相の鐘が秋の雲に高くひびいて、紫という筑波山《つくば》の姿も、暮れかかった川上の遠い空に、薄黒く沈んでみえた。堤下《どてした》の田圃には秋の蛙が枯れがれに鳴いていた。
 二挺の駕籠が木母寺《もくぼじ》の近所におろされたときには、料理茶屋の軒行燈に新しい灯のかげが黄色く映っていた。風雅な屋根付きの門のなかには、芙蓉《ふよう》のほの白く咲いて
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