たらしい。自分の知っているだけのことは何でも言うから、ともかくもその蛇をしまってくれと顫《ふる》えながら頼んだ。
「お前さん、知らない筈がないじゃあないか。お前さんがお里の家のすぐ近所にいるということも、あたしはちゃんと知っているんだよ」と、お絹は嚇《おど》すように睨んだ。蛇をつかんでいる手はまだ袂の下に隠していた。
 お絹が根ほり葉ほりの詮議に対して、お此も知っているだけのことを何でも答えた。しかし十四日の月を踏んでお里が林之助に送られて帰ったことは、二人のほかに知る者はなかった。お此もむろん知っていなかった。
 お絹がお此を残酷にさいなんで、ようよう聞き出した新しい事実は、以前よりもこの頃はお里の店へ林之助が足近く通って来るというだけのことに過ぎなかったが、それだけのことでもお絹の胸の火をあおるには十分であった。
「お此さん、ありがとうよ」と、お絹はわざと落ち着いたような声で言った。「もうそのほかにお前さんの知っていることはなんにもないんだね」
 林之助がどんな着物を着ていたとか、どんな菓子を買って食ったとか、お里にどんな冗談を言ったとか、茶代は幾らぐらい置いたらしいとか、そんなこ
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