は悠々と楽屋を出ると、お君は蛇の箱をかかえてその後について行った。年増も三味線をかかえて起った。
 あとに残った若い女はほっ[#「ほっ」に傍点]としたような顔をして、お絹が脱ぎ捨ての※[#「ころもへん+上」、第4水準2−88−9]※[#「ころもへん+下」、第4水準2−88−10]や帷子《かたびら》を畳み付けていると、今まで隅の方に黙って煙草をすっていた五十ぐらいの薄あばたのある男が、さっきの蛇のように頭をもたげて這い出して来て、若い女に話しかけた。
「お花さん。姐さんはひどくお冠《かんむり》が曲がっているね」
「おお曲がり。毎日みんなが呶鳴られ通しさ。やり切れない」と、お花は舌打ちした。
「だが、無理じゃあねえ。向柳原が近来の仕向け方というのも、ちっと宜《よろ》しくねえからね」
「まったく豊《とよ》さんの言う通りさ。けれども、姐さんもずいぶん無理をいってあの人をいじめるんだからね。いくら相手がおとなしくっても、あれじゃあ我慢がつづくまいよ」
「それもそうだが……」と、豊という五十男はどっちに同情していいか判らないような顔をしてまた黙ってしまった。
 この一座の姐さんと呼ばれている蛇つか
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