ですね。そんな義理じゃないでしょうが……」
「義理なんか知っている人間かい」と、お絹はさも憎いもののように扇を投げ捨てた。「今に見るがいい。どんな目に逢わせるか」
お君は左の手のひらにひと掴みの米をのせて来て、右の指さきで一粒ずつ摘《つま》みながら箱の穴のなかへ丁寧におとしてやると、青い蛇の頭が又あらわれた。ことし十五のお君ももう馴れているとみえて、別に気味の悪そうな顔もしていなかった。
舞台の方でかちかち[#「かちかち」に傍点]という拍子木《ひょうしぎ》の音がきこえると、お絹はそこにある茶碗の水をひと息にぐっと飲みほして、だるそうに立ちあがった。お君はうしろに廻って再び彼女に別の衣裳を着せかえた。
今度は前と違って、吉原の花魁《おいらん》の裲襠《しかけ》を見るような派手なけばけばしい扮装《いでたち》で、真っ紅な友禅模様の長い裾が暑苦しそうに彼女の白い脛《はぎ》にからみついた。お絹は緋縮緬の細紐《しごき》をゆるく締めながら年増の方を見かえった。
「おばさん。きょうは三味線がのろかったぜ。もう少し早間《はやま》にね。いいかい」
「はい、はい」
鬢《びん》をもう一度掻きあげて、お絹
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