思ったらしく、お此は巧みにお花の問いを避けて、あさっての花火の噂などを始めた。
 さっきから少しく眼の色の変っていたお絹は、もう焦れったくて堪まらないという気色で、倚りかかっていた箱をかかえながら衝《つ》と立って、お此の膝の前に詰め寄るように坐った。
「お此さん」
 その権幕が激しいので、相手はうろたえた。
「は、はい」
「向柳原といえば大抵判っているだろう。あたしのとこの林さんのことさ。あの人がこの頃むやみに不二屋へ行く。きのうもおとといも、さきおとといも、はいり込んでいたというが本当かえ。そうして、あのお里という子とおかしいというのも本当だろうね」
 お此は返事に困ったような顔をしていた。しかし果たして林之助とお里とのあいだに情交《わけ》があるかないか、そんなことは彼女にも鑑定は付かないらしかった。お此はまったくなんにも知らないと正直そうに答えた。
 林之助とお里との問題については、お花は初めから情交ありげに吹聴《ふいちょう》している一人であった。現にきょうも楽屋へ来て、林之助がこのごろ毎日のように不二屋へはいり込むという新しい事実を誇張的にお絹に報告した。その矢先きへ丁度お此が来
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