日のひる過ぎで、お絹が例の水色の※[#「ころもへん+上」、第4水準2−88−9]※[#「ころもへん+下」、第4水準2−88−10]をぬいで、中入りに一服すっているところであった。
「相変らずお市《いち》か捻鉄《ねじがね》だろうね」と、前芸のお若が蒼い顔を突き出した。お若は病気が癒って五、六日前からようよう舞台へ出るようになったのであった。
「お前さん、ずいぶん意地が綺麗だね。まだお医者の薬を飲んでいる癖に……」と、そばからお花も摺り寄って来た。そうして、「姐さん、いかが」と、笑いながらお絹にきいた。
「たくさん」と、お絹は重そうに頭《かぶり》をふった。「だけども、みんなが食べるならお食べよ。代は一緒に払ってあげるから、君ちゃん、お前もたんとお食べ」
「どうも御馳走さま」
みんなが一度に挨拶して、お若もお花もお君も、地弾きのお辰も、楽屋番の豊吉も、麩にあつまって来る鯉のように四方から菓子の箱を取りまいた。菓子売りはここらの観世物小屋の楽屋の者や列び茶屋の客などを相手に、毎日諸方へ入り込んでいるお此《この》という女であった。姐さんの奢《おご》りというので、みんながここを先途《せんど》と色
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