あいだに四日も訪ねて来たが、しみじみと話をする間《ひま》もないように急いで帰ってしまった。
「人焦《ひとじ》らしな。いっそ来てくれない方がいい」と、お絹は物足らないような愚痴をいうこともあった。
「来なければ来ないで恨みをいう、来れば来るで愚痴をいう。困ったお嬢さまだ」と、林之助は笑っていた。
 まったく林之助の言う通り、どっちにしてもお絹には不足があった。男が屋敷奉公をやめて、再び自分の手許《てもと》へ戻って来ない限りは、ほんとうに胸の休まる筈はないと自分でも思っていた。男を引き戻したい。お絹は明けても暮れても唯そればかりを念じていた。そんなら去年なぜ出してやったかと自分のこころに訊いてみても、確かな返事をうけ取ることが出来なかった。去年は悲しくあきらめて離れた――しかも、いよいよ離れてみると恋い死ぬほどに懐かしくなって来た――お絹は去年おめおめ[#「おめおめ」に傍点]と男を出してやった自分の愚かな心を、笞《むち》うちたいほどに罵り悔まずにいられなかった。
「お菓子はいかがです」
 五十を二つ三つも越したらしい女が駄菓子の箱をさげて楽屋へそっとはいって来た。あさってが花火という二十六
前へ 次へ
全130ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング