するがいいぜ。悪いようならば無理をしないで、二、三日休んで養生した方がいいだろう」
「いいえ、それほどでもなかろうと思っているの。いっそひと思いに死んだ方がいいかも知れない」
 こんな問答をしているうちにも、お絹は眼にみえない何物をか相手の顔色から見いだそうと努めているように、絶えずその顔をじっと見つめていると、男は女のひとみを恐れるように行燈《あんどう》の暗い方へ眼をそむけていた。
 女はこの頃の無沙汰について正面から男を責めようともしなかった。男も言いそそくれたようなふうで、自分からはなんにも言い出さなかった。お絹は長い煙管《きせる》でしずかに煙草をすっていた。
「あたし、考えると、さっきあのままで死んでしまった方が仕合せだったかも知れない。生きていたところで、あんまり面白い世の中でもなし、ひと思いに死んでしまった方が未練が残らなくっていい」
 ふた口目には死にたいと繰り返して言うお絹の料簡《りょうけん》を、林之助も大抵は察していた。そんなことを言って自分の気を引いて見るのだということは能く判っていた。ここでうっかりした返事をすると、それを言いがかりに執念深く絡《から》みついて来る
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