へ弟子とも奉公人とも付かずに預けられているのであった。継《まま》しい母の手に育てられただけに、年の割には何かとよく気が付くので、お絹も彼女を可愛がっていた。
「お寝《やす》みなさい」
 眠い盛りのお君は床にはいると直ぐに又たたき起された。寝ぼけまなこを擦《こす》りながら格子をあけて出ると、外には若い男が忍ぶように立っていた。隣りと隣りとの庇合《ひさしあわ》いから落ち込んでくる月のひかりを浴びて、彼の横顔は露を帯びたように白く見えた。
「あら、林さん」
「たいへんに早寝だね」と、林之助は笑っていた。「姐さんはもう寝たのか」
 お君にあとを閉めさせ、林之助はずっと奥の六畳へ通ると、お絹はもう寝床から脱け出していた。
 林之助は主人の使いで割下水《わりげすい》まで来たので、その帰りにちょっと寄ってみたのだと言った。お君が火消し壺からまだ消えない火種を拾い出して来ると、林之助はとりあえず一服すった。
「どうしたい。顔の色が悪いじゃないか」
「きょうは舞台で倒れたの」
「そりゃあいけない。どうしたんだ」
「なに、すぐに癒ったの。やっぱり暑気あたりだってお医者がそう言って……」
「なにしろ、大事に
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