ることだろうと可笑《おか》しいようにも思われた。それとなくお里と約束して、どこへか月見にでも行くだろうかと、急に腹立たしくもなった。
 こんな子供を相手にしても仕方がないと思いながらも、お絹はおみくじを探るような気でお君に訊いてみた。
「お前、林さんが不二屋へ行くと思うかい。そうして、あのお里さんと仲よくしていると思うかい」
「そんなこと知りませんわ」と、お君は食べかけた鰻のしっぽを口から出したり入れたりしながら答えた。「だけれども、そんなことはないでしょう。誰だって本当に見た人はないんですもの。お花さんは誰のことでもそう言うんですから」
 お花にそんな癖のあることは事実であった。男と女とが少し馴れなれしく詞《ことば》をかわしていると、お花は必ずこれを意味ありげに解釈しなければ気が済まなかった。林之助とお里との名を結びつけて、お絹の前に黒い影を投げ出したのもお花が第一の口切りであった。しかしお花が自分に対してそんな無責任な嘘をつこうとは、お絹もさすがに信じられなかった。
「嘘ですよ。きっと嘘ですよ」と、お君は鰻をのみ込んでしまってまた言った。
 子供は正直である。正直なお君の口からこう
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