をさせて、お絹は酒を飲んだ。酒は舌に苦《にが》いようで味がなかった。やっぱりからだがよくないのかしら――こう思うと、彼女はそぞろに寂しくなった。女が二十二にもなって、ほとんど人まじりも出来ないような、こんな稼業をしていて、末はどう成り行くことであろう。去年の冬、林之助と別れてから、お絹はめっきりと肉の衰えを感じるようになった。さっきのようなことがたびたび続いたら――と、彼女はうしろの壁に映る自分の痩せた影法師《かげぼうし》を思わず見返らねばならなかった。
燭台の蝋《ろう》は音もせずに流れた。あしたの十五夜の用意であろう、小さい床の間にはひとたばの薄《すすき》が生けてあって、そのほの白い花のかげには悲しい秋が忍んでいるように思われた。お絹はいよいよ寂しくなった。
「君ちゃん。なんだか陰気だから、そこの窓をおあけよ」
お君があけた肱掛け窓から秋の夜風は水のように流れ込んだ。となりの露地口の土蔵の白壁は今夜の月に明かるく照らされて、屋根の瓦には露のようなものが白く光っていた。お絹は林之助が発句《ほっく》を作ることをふと思い出した。あしたの晩は月を観て「名月や」などと頻《しき》りに首をひね
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