さ。この暑さじゃあ、大抵の者はうだってしまわあね。どうでこんな時に口をあいて見ているのは、田舎者か、勤番者《きんばんもの》か陸尺《ろくしゃく》ぐらいの者さ」
手拭で目のふちを拭いてしまって、お絹は更に小さいふところ鏡をとり出して、まだらに剥げかかった白粉の顔を照らして視ていた。
「中入《なかい》りが済むと、もう一度いつもの芸当をごらんに入れるか、忌《いや》だ、いやだ。からだが悪いとでもいって、お若《わか》のように二、三日休んでやろうかしら」
「あら、姐《ねえ》さんが休んだら大変ですわ」と、お君はびっくりしたように眼を丸くした。
「お若さんが休んでいるのはまだいいけれど、姐さんに引かれちゃあ、まったく大変だわ」と、茶碗に水を汲んで来た他の若い女が言った。「あたし達は、ほんの前芸《まえげい》ですもの」
「前芸でたくさんだよ、この頃は……。ほんとうの芸当はもう少し涼風《すずかぜ》が立って来てからのことさ。この二、三日の暑さにあたったせいか、あたしは全くからだが変なんだよ」
「そりゃあ陽気のせいじゃありますまい」と、地弾《ぢひ》きらしい年増《としま》の女が隅の方から忌《いや》に笑いながら口を
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