一座のかしらのお絹が今あわただしく脱いだ舞台の衣裳は、袂《たもと》の長い薄むらさきの紋付きの帷子《かたびら》で、これは見るからに涼しそうであった。
 白い肌襦袢一枚の肌もあらわになって、お絹はがっかりしたようにそこに坐ると、附き添いの小女《こおんな》が大きい団扇《うちわ》を持って来てうしろからばさばさ[#「ばさばさ」に傍点]と煽《あお》いだ。白い仮面《めん》を着けたように白粉《おしろい》をあつく塗り立てたお絹のひたいぎわから首筋にかけて、白い汗が幾すじかの糸をひいてはじくように流れ落ちるのを、彼女《かれ》は四角に畳んだ濡《ぬ》れ手拭で幾たびか煩《うる》さそうに叩きつけると、高い島田の根が抜けそうにぐらぐらと揺らいで、紅い薬玉《くすだま》のかんざしに銀の長い総《ふさ》がひらひらと乱れてそよいだ。見たところはせいぜい十七、八のあどけない若|粧《づく》りであるが、彼女がまことの暦《こよみ》は二十歳《はたち》をもう二つも越えていた。
「ほんとうにお暑うござんすね」と、小女のお君《きみ》は団扇の手を働かせながら相槌《あいづち》を打った。
「暑いせいか、木戸も閑《ひま》なようですね」
「あたりまえ
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