らふら[#「ふらふら」に傍点]する足元を踏みしめて、お絹は花魁《おいらん》のような紅い衣裳をぬぐと、肌襦袢は気味の悪いほどに冷たい汗にひたされていた。お君にからだを拭かせて、島田を解いて結び髪にして、銅盥《かなだらい》の水で顔を洗って、彼女は自分の浴衣に着かえた。ほかの者もみな帰り支度をした。あと片付けをしている豊吉だけを楽屋に残して、女たち四人は初めて外の風に吹かれた。
残暑は日の中のひとしきりで、暮れつくすと大川端には涼しい夕風が行く水と共に流れていた。高く澄んだ空には美しい玉のような星の光りが、二つ三つぱっちりとかがやいて、十四日の月を孕《はら》んでいる本所《ほんじょ》の東の空は、ぼかしたように薄明かるかった。川向うの列び茶屋ではもう軒提灯に火を入れて、その限りない蝋燭の火影が水に流れて黄色くゆらめいているのも、水辺の夜らしい秋の気分を見せていた。
「じゃあ、お大事に……。あしたまた……」
お辰とお花はお絹に挨拶して別れた。お花は帰りに深川のお若の家へ寄って、病気の様子をみて来ると言った。
「そうしておくれよ。あたしだって又なんどき倒れるか知れないから」
お絹はお君に蛇の箱
前へ
次へ
全130ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング