を持たせて本所の方へ行きかけたが、すぐに立ち停まって明るい広小路の方を頤《あご》で指し示した。そうして、両国橋の方へ引っ返すと、お君も素直に黙って付いて行った。外の涼しい風に吹かれてお絹は拭ったようにさわやかな気分になったが、それでも足元はまだ何となくふら付いているので、時どきに橋の欄干によりかかって、なにを見るともなしに川のおもてを見おろしていた。一体どこまで行くつもりか、お君にはちょっと見当が付かなかった。
橋を渡り尽くしてお君も初めてさとった。お絹は列び茶屋の不二屋《ふじや》を目指しているらしく、軒提灯の涼しい灯のあいだを横切って通った。まだ宵ながらそこらには男や女の笑い声がきこえて、麦湯《むぎゆ》の匂いが香ばしかった。不二屋の軒提灯をみると、お絹は火に吸い寄せられた灯取虫《ひとりむし》のように、一直線にその店へはいって行った。ふたりは床几《しょうぎ》に腰をかけると、若い女が茶を汲んで来た。それが娘のお里でないことはお絹も知っているので、さらに身をねじ向けて店のなかを窺うと、お里はほかの客となにか笑いながら話をしていた。
お里はことし十八で、とかくにいろいろの浮いた噂を立てら
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