をやめれば忌でも応でもお絹のふところへ戻らなければならない。朝晩におそろしい蛇の眼と睨み合っていなければならない。林之助は第一にそれを恐れていた。やはり今のように遠く懸け離れていて、そうして時どきに逢っているのが一番無事であると信じていた。
 九月八日の午前《ひるまえ》に、林之助はちょっとの隙きを見て両国へ行った。あしたは重陽《ちょうよう》の節句で主人も登城しなければならない。その前日の忙がしい中をくぐりぬけ、彼はもう堪まらなくなって、屋敷を飛び出したのであった。
 両国の秋はいよいよ深くなって、路傍《みちばた》には栗を焼く匂いが香ばしく流れていた。しかしここの名物の観世物小屋の野天商人《のでんあきんど》が商売をはじめるのは午《ひる》過ぎからで、午まえの広小路は青物の世界であった。夜明けから午までは青物市がここに開かれるので、西両国には荒筵を一面に敷きつめて、近在の秋のすがたを江戸のまん中にひろげていた。
 霜に染められたかと思う川越芋の紅いのに隣り合って、秋茄子の美しい紫が眼についた。どこの店にも枝豆がたくさん積んであるので、やがて十三夜の近づくのが知られた。これから神明《しんめい》
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