ので、昔の画家の働きである。
 しかし市中に飛んでいる小さい蝙蝠は、鬼気や妖気の問題を離れて、夏柳の下をゆく美人の影を追うに相応《ふさわ》しいものと見なされている。わたしたちも子供のときには蝙蝠を追いまわした。
 夏のゆうぐれ、うす暗い家の奥からは蚊やりの煙がほの白く流れ出て、家の前には凉み台が持ち出される頃、どこからとも知らず、一匹か二匹の小さい蝙蝠が迷って来て、あるいは町を横切り、あるいは軒端を伝って飛ぶ。蚊喰い鳥という異名の通り、かれらは蚊を追っているのであろう。それをまた追いながら、子供たちは口々に叫ぶのである。
「こうもり、こうもり、山椒《さんしょう》食わしょ。」
 前の雁とは違って、これは手のとどきそうな低いところを舞いあるいているから、何とかして捕えようというのが人情で、ある者は竹竿を持ち出して来るが、相手はひらひら[#「ひらひら」に傍点]と軽く飛び去って、容易に打ち落とすことは出来ない。蝙蝠を捕えるには泥草鞋《どろわらじ》を投げるがよいということになっているので、往来に落ちている草鞋や馬の沓《くつ》を拾って来て、「こうもり来い」と呼びながら投げ付ける。うまく中《あた》っ
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