に立って珍らしそうに山を見あげているから、モシモシ何を御覧なさると近寄って尋ねると、旦那らしい人が山の上を指さして、アレ御覧なさい、アノ坊さんの担いでいる毛鑷《けぬき》の大きい事、実に珍らしいと云う。ハテ可怪《おかし》な事をいうと思いながら、指さす方を見あげたが、私の眼には何物《なんに》も見えない。扨は例の怪物だナと悟ったから、この畜生めッと直ぐに鉄砲を向けると、其の人は慌てて私の手を捉え、アアモシ飛《とん》だ事を為さる、アノ坊さんに怪我でも為《さ》せては大変ですと、無理に抑留《ひきと》める。で、其の人の云うには、私《わたし》は上田の鉄物商《かなものや》兼|研職《とぎや》で、商売用の為《た》め今日ここを通ると、アノ坊さんが大きな毛鑷を引担《ひっかつ》いで山路《やまみち》を登って行く、私も親の代から此の商売をしてるが、あんなに大きな毛鑷を見た事がないから、奉公人も私も肝《きも》を潰して見ている所だとの事。併《しか》しそんな事のあろう筈もなく、私《わし》の眼には一向見えないのが第一の証拠、あれは例の怪物に相違ないと、委《くわ》しく云って聞かせると、其の人達も驚いた様子で、成程そう云えばモウ
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