り落ちるに相違なく、仮《たと》え生命に別条ないとしても、屹《きっ》と大怪我をする所だ、アア危いと顔を見合せて、旧《もと》の処へ引返すと、釜の下は炎々と燃上《もえあが》って、今にも噴飛《ふきとば》しそうに釜の蓋がガタガタ跳《おど》っている。ヤア飯が焦げるぞと、私が慌てて其の釜の蓋を取ると、中から湯気が真白に噴上げる、其の煙の中に大きな真青な人間《ひと》の顔がありありと現われたから、コリャ大変だいよいよ怪物だと、一生懸命に釜の蓋を上から押えて、畜生、畜生ッ、オイ早く鉄砲を撃てと怒鳴る。他の二人も心得て、何処を的《あて》ともなしにドンドン鉄砲を撃つこと二三発、それから再び釜を覗いて見るとモウ何物《なんに》も見えない。
 山又山の奥ふかく分入《わけい》ると、斯《こ》ういう不思議が毎々あるので、忌々しいから何《ど》うかして其の正体を見とどけて、一番退治して遣ろうと、仲間の者とも平生《つねづね》申合せているけれども、今に其の怪物の姿を見現わした者がないのは残念です。モウ一つ不思議なのは、これも二三年前の事、私が木曽の山の麓路《ふもとじ》を通ると、商人《あきんど》らしい風俗の旦那と手代二人が、木かげ
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