其の坊主の姿は見えなくなったと云う。何しろ憎い畜生め、今日こそは退治て呉れようと、鉄砲を小脇に其の山路を一散に駈《かけ》あがり、其処かここかと詮議したけれども、別に怪しい物の姿も見えないからアア残念ナと再び麓へ降りて来ると、彼《か》の商人はモウ立去ったと見えて、其処には誰も居ない。で、其の商人は本当の人間で、全く怪物に化《ばか》されたものか、但しは其の商人が怪物で、私に無駄骨を折らせたものか、何方《どっち》が何《ど》うとも今に分らぬけれども、何方にしても不思議な事で、私も流石《さすが》に薄気味が悪くなって、その日は其のまま帰って了《しま》ったが、私ばかりでなく、仲間の者も折々に斯《こ》ういう目に遭いますから、山へ出る時には用心を為《し》にゃあなりません、云云《しかじか》。   (麹生)

[#地付き](「文芸倶楽部」明治三十五年七月号掲載「日本妖怪実譚」より)



底本:「伝奇ノ匣2 岡本綺堂妖術伝奇集」学研M文庫、学習研究社
   2002(平成14)年3月29日初版発行
底本の親本:「文芸倶楽部 日本妖怪実譚」
   1902(明治35)年7月
※表題は底本では、「木曽の怪物《え
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