来た。二人の襟もとは冷たかった。もうなんにも言うことはない。今更どう考える余地もない。二人は迷わずに自分たちの行くべき道を歩むよりほかはなかった。まっすぐな路が彼らの前に開かれていた。
「ごめんください」
不意に案内を乞われて二人は少しくあわてた。お時も十吉もあいにくに留守である。二人は息をのんで暫く黙っていた。
「ごめんください、お留守ですか、もし、ごめんください。どなたも居ないんですか」
外ではつづけて呼んだ。そうして何かささやくような声もきこえた。綾衣は一種の不安におそわれて、男の手を思わず固く握りしめた。
「裏口を用心しろ」と、外ではささやく声が又きこえた。外記は無言で女の手を振り払って、蚊帳をするりと刎《は》ね退《の》けた。片手には刀を持って、しずかに襖をあけて出ると、一人の男が縁に腰をかけていた。ほかにも提灯を持った男が二人立っていた。
「あ、殿様でございましたか」
腰をかけている男が案外丁寧に挨拶した。彼は大菱屋の喜介という若い者であった。
「おお、喜介か。なにしにまいった」
外記はわざと落ち着いて訊いた。相手も面《つら》の憎いほどに落ち着いていた。
「へえ、花魁
前へ
次へ
全99ページ中94ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング