い、はい。この辺には碌なものもござりませんから、田町《たまち》までひと走り行ってまいります」
 お時は金を受取ってすぐに出て行った。秋の夜のくせで、雨もない空から稲妻が折りおりに走った。
 ここの家では古い蚊帳がひと張りしかなかったのを、綾衣を預かるようになってから、外記が金を出して品のいい蚊帳を買わせたのである。見るからすがすがしいような新しい蚊帳は萌黄《もえぎ》の波を打たせて、うす穢《ぎたな》いこの部屋に不釣合いなのもかえって寂しかった。その蚊帳越しのあかりに照らされた二人の顔も蒼く見えた。
「おれはいよいよ甲府勝手になりそうだ」
 口ではむぞうさに言っているが、そのひとみの据えかたで綾衣ももうさとった。
「たしかにそう決まりなんしたか」
 落ち着いているつもりでも、彼女の声は少し顫えていた。男はすぐにうなずいた。
「きょう叔父が来て言った。嘘ではあるまい。ひと間住居などと騒いでいるうちに、一足《いっそく》飛びに地獄が来た。親類共も驚くのは無理がない。叔父はおれを手討ちにすると言ったよ」
「ぬしを殺そうとしなんしたか」と、綾衣は呆れたような顔をした。「まあ、馬鹿らしい。それでもよく
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