忘れてしまった。浄閑寺の鉦も耳へははいらなくなった。彼女はついと起って襖を明けて、男の顔を見て眼で笑った。
「相変らず藪蚊がひどうござります」と、お時は奥へ蚊帳《かや》を吊りに行ったあいだに、綾衣は縁に近いところへ出て坐った。そこにある渋団扇をとって軽くあおぐと、薄化粧の白粉の匂いはほんのりと流れて、やわらかい風をそよそよと男に送った。
「今夜は廓の騒唄《さわぎ》が一向きこえないようだな」と、外記は縁の柱にもたれながら耳を傾けた。
 綾衣は笑い出した。
「ほほ、ぬしにも似合わないことを言いなんす。きょうは盆の十三日で、廓は休みでおざんすものを……」
「なるほど今日は十三日か」と、外記も笑った。
 綾衣もまた笑った。
 他愛もないことが堪まらなくおかしいように笑う女の声があまり華やかに聞えるので、お時は表に眼をくばった。彼女は追い立てるように二人を蚊帳の中へ送り込んで、間《あい》の襖を閉め切った。
 お米も十吉もまだ帰らなかった。

     九

 お時が再び蚊いぶしの火を吹いていると、蚊帳の中から外記が声をかけた。
「気の毒だがいつもの通り、なにか酒と肴を見つくろって来てくれ」
「は
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