重荷の下にたわみかかっているらしかった。朝夕に見る五重の塔は薄い雲に隔てられたように、高い甍《いらか》が吹雪の白いかげに見えつ隠れつしていた。
こんなに美しく降り積もっていても、あしたは果敢《はか》なく消えてしまうのかと思うと、春の雪のあわれさが今更のように綾衣の心をいたましめた。ことし初めて降る雪ではない。そうとは知っていながらも、物に感じ易くなった此の頃の彼女の眼には、きょうの雪が如何にも美しく、果敢なく悲しく映った。
彼女はいつまでも櫺子にすがって、眼の痛むほどに白い雪を眺めていた。
四
雪はその日の夕《くれ》にやんだが、外記は来なかった。その明くる夜も畳算《たたみざん》のしるしがなかった。その次の日に中間《ちゅうげん》の角助が手紙を持って来た。あの朝の寒さから風邪の心地で寝ているので、三日四日は顔を見せられないというのであった。
返事をくれと言って待っている角助に綾衣は自身で逢って、殿様はほんとうに御病気か、それとも何かほかに御都合があるのかと念を押して訊《き》いた。いや、ほかになんにも子細はない、ほんとうの御病気であるという角助の返事を聞いて、綾衣は少し
前へ
次へ
全99ページ中39ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング