しく笑った。
「それでも、こうして起きていなんしては悪うおす。ちっと横におなりなんし」
 綾鶴は次の間の夜具棚から衾《よぎ》や蒲団を重そうに抱え出して来て敷いた。そうして、人形を扱うように綾衣を抱え、蒲団の上にちゃんと坐らせた。綾衣はおとなしくして湯を飲んでいた。
「花魁。いつの間にか積もりんしたね」
 座敷の櫺子窓《れんじまど》をあけて外を眺めていた綾鶴が、中の間《ま》の方へ向いて声をかけた。ちっとの間に雪がたくさん積もったから、ちょいと来て見ろと仰山《ぎょうさん》らしく言うので、綾衣はしずかに起って座敷へ行った。白い踵《かかと》にからむ部屋着の裾にも雪の日の寒さは沁みて、去年の暮れに入れ替えたばかりの新しい畳は、馴れた素足にも冷たかった。
 雪は綿と灰とをまぜたように、大きく細かく入りみだれて横に縦に飛んでいた。田町《たまち》から馬道《うまみち》につづいた家も土蔵ももう一面の白い刷毛《はけ》をなすられて、待乳《まつち》の森はいつもよりもひときわ浮きあがって白かった。傘のかげは一つも見えない浅草田圃の果てに、千束《せんぞく》の大池ばかりが薄墨色にどんよりとよどんで、まわりの竹藪は白い
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