》のしらべが手に取るようにここまで歓楽のひびきを送って、冬枯れのままに沈んでいるこの村の空気を浮き立たせることもあるが、ことし十八とはいうものの、小柄で内端《うちわ》で、肩揚げを取って去年元服したのが何だか不似合いのようにも見えるほどな、まだ子供らしい初心《うぶ》の十吉にとっては、それがなんの問題にもならなかった。
たとい昼間は鋤《すき》や鍬《くわ》をかついでいても、夜は若い男の燃える血をおさえ切れないで、手拭を肩にそそり節《ぶし》の一つもうなって、眼のまえの廓をひと廻りして来なければどうしても寝つかれないという村の若い衆の群れから、十吉は遠く懸け離れて生きていた。ありゃあまだ子供だとひとからも見なされていた。十六の秋、母のお時といっしょに廓の仁和賀《にわか》を見物に行ったとき、海嘯《つなみ》のように寄せて来る人波の渦に巻き込まれて、母にははぐれ、人には踏まれ、藁草履《わらぞうり》を片足なくして、危うく命までもなくしそうになって逃げて帰って来たことがあった。十吉が吉原の明るい灯を近く見たのは、あとにもさきにもその一度で、仲《なか》の町《ちょう》の桜も、玉菊《たまぎく》の燈籠も、まった
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