門《おおもん》をくぐって茶屋の女房を面食らわした。茶屋では直ぐに大菱屋へ綾衣を仕舞《しま》いにやった。そんな訳であるから、さっき帰ってからまだ二※[#「日+向」、第3水準1−85−25]《ふたとき》とは過ぎていないのに、女の迎いを急《いそ》がせる。むこうは稼業だから口へ出してこそ言わないが、殿様もあんまりきついのぼせ方だと茶屋の女房たちに蔭で笑われるのも、さすがに恥かしいように思われた。
 表は次第に賑やかになって、灯の影の明るい仲の町には人の跫音《あしおと》が忙がしくきこえた。誰を呼ぶのか、女の甲走《かんばし》った声もおちこちにひびいた。いなせな地廻りのそそり節《ぶし》もきこえた。軽い鼓《つづみ》の調べや重い鉄棒《かなぼう》の音や、それもこれも一つになって、人をそそり立てる廓の夜の気分をだんだんに作って来た。外記も落ち着いてはいられないような浮かれ心になった。
 急ぐには及ばないと思いながらも、彼の腰は次第に浮いて来た。手酌で一杯飲んで見たが、まだ落ち着いてはいられないので、ふらふらと起《た》って障子をあけると、まだ宵ながら仲の町には黒い人影がつながって動いていた。松が取れてもやっぱ
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