えない女のたましいが何処までも自分の後を追って来るのではあるまいか。
「なんの、ばかばかしい。なんとか名を付けて重《おも》た増《ま》しでも取ろうとするのは駕籠屋の癖だ」と、外記は直ぐに思い直して笑った。
 しかしそれが動機となって、彼は再び吉原が恋しくなった。駕籠屋の言うのは嘘と知りつつも、彼は無理にそれを本当にして、もしや女の身に変った事でも起った暗示《しらせ》ではあるまいかなどと自分勝手の理屈をこしらえて見たりした。そうして、自分でわざと不安の種を作って、このままには捨てて置かれないように苛々《いらいら》して見たりした。駕籠がだんだんに吉原から遠くなって行くのが、何だか心さびしいように思われてならなかった。
「ここはどこだ」と、彼は駕籠の中から声をかけた。
「山下《やました》でございます」
 まだ上野か、と外記は案外に捗《はか》の行かないのを不思議に思った。と同時に、これから屋敷へ帰るよりも、吉原へ引っ返した方が早いというような、意味のわからない理屈が彼の胸にふとうかんだ。
「これ、駕籠を戻せ」
「へえ、どちらへ……」
「よし原へ……」と、彼は思い切って言った。
 駕籠はふたたび大
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