り正月だと、外記はいよいよ春めいた心持ちになった。酒の酔いが一度に発したように、総身《そうみ》がむずがゆくほてって来た。
その混雑のなかを押し分けて、箱提灯《はこぢょうちん》がゆらりゆらりと往ったり来たりしているのが外記の眼についた。彼は提灯の紋どころを一々《いちいち》にすかして視た。足かけ三年この廓に入りびたっていても、いわゆる通人《つうじん》にはとても成り得そうもない外記は、そこらに迷っている提灯の紋をうかがっても、鶴の丸は何屋の誰だか、かたばみはどこの何という女だか、一向に見分けが付かなかった。しかし綾衣の紋が下がり藤であるということだけは、確かに知っていた。
自分が上野まで往復している間に、ほかの客が来たのではあるまいかとも考えた。自分は今夜来ない筈になっていたのであるから、先客に座敷を占められても苦情はいえない。しかし馴染みの客が茶屋に来ているのに、今まで迎いに来ないという法はない。
「今夜の客というのは侍か町人か、どんな奴だろう」と、外記は軽い妬《ねた》みをおぼえた。
さっきから女房が再び顔を見せないのは、何か向うにごたごた[#「ごたごた」に傍点]が起ったのではあるま
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