しいと思ったので、下田は押返して言った。
「御不快中、はなはだお気の毒でござるが、是非ともすぐにお目にかからねばならぬ急用が出来《しゅったい》いたしたれば、ちょっとお逢い申したい。」
それでどうするかと思って待ち構えていると、本人の島川は自分の部屋から出て来た。なるほど不快のていで顔や形もひどく窶《やつ》れていたが、なにしろ別条なく生きているので、下田もまず安心した。なんの御用と不思議そうな顔をしている島川に対しては、いい加減の返事をして置いて、下田は早々に表に出てゆくと、かの白い女のすがたは消えてしまったというのである。中原をはじめ、他の人々も厳重に見張っていたのである、それがおのずと煙りのように消え失せてしまったというので、下田も又おどろいた。
「島川どのは確かに無事。してみると、それはやはり妖怪であったに相違ない。かようなことは決して口外しては相成りませぬぞ。」
初めは妖怪であると思った女が、中ごろには人間になって、さらにまた妖怪になったので、人々も夢のような心持であった。しかしその姿が消えるのを目前《もくぜん》に見たのであるから、誰もそれを争う余地はなかった。百物語のおかげ
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