怪ではあるまいと主張していた連中は、それ見たことかと笑い出した。しかしそれがいよいよ人間であると決まれば、打捨てては置かれまいと、人々も今更のように騒ぎ出して、とりあえず奥掛りの役人に報告すると、役人もおどろいて駈け付けた。
「や、これは島川どのだ。」
島川というのは、奥勤めの中老で、折りふしは殿のお夜伽《よとぎ》にも召されるとかいう噂のある女であるから、人々は又おどろいた。役人も一旦は顔色を変えたが、よく考えてみると、奥勤めの女がこんなところへ出てくる筈がない。なにかの子細があって自殺したとしても、こんな場所を選む筈がない。第一、奥と表との隔てのきびしい城内で、中老ともあるべきものが何処をどう抜け出して来たのであろう。どうしてもこれは本当の島川ではない。他人の空似か、あるいはやはり妖怪の仕業か、いずれにしても粗忽に立ち騒ぐこと無用と、役人は人々を堅く戒めて置いて、さらにその次第を奥家老に報告した。
奥家老下田治兵衛もそれを聴いて眉をしわめた。ともかくも奥へ行って、島川どのにお目にかかりたいと言い入れると、ゆうべから不快で臥せっているからお逢いは出来ないという返事であった。さては怪
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