かの中原武太夫が第八十三番の座に直ったのは、その夜ももう八つ(午前二時)に近い頃であった。中原は今度で三番目であるから、持ちあわせの怪談も種切れになってしまって、ある山寺の尼僧と小姓とが密通して、ふたりともに鬼になったとかいう紋切形《もんきりがた》の怪談を短く話して、奥の行燈の火を消しに行った。
前にもいう通り、行燈のある書院までゆき着くには、暗い広い座敷を五間通りぬけなければならないのであるが、中原は最初から二度も通っているので、暗いなかでも大抵の見当は付いていた。彼は平気で座を起って、次の間の襖をあけた。暗い座敷を次から次へと真っ直ぐに通って、行燈の据えてある書院にゆき着いたときに、ふと見かえると、今通って来たうしろの座敷の右の壁に何やら白いものが懸かっているようにぼんやりと見えた。引っ返してよく見ると、ひとりの白い女が首でも縊《くく》ったように天井から垂れ下がっているのであった。
「なるほど、昔から言い伝えることに嘘はない。これこそ化け物というのであろう。」と中原は思った。
しかし彼は気丈の男であるので、そのままにして次の間へはいって、例のごとくに燈心をひとすじ消した。それか
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