ら鏡をとって透かしてみたが、鏡のおもてには別に怪しい影も映らなかった。帰るときに再び見かえると、壁のきわにはやはり白いものの影がみえた。
中原は無事にもとの席へ戻ったが、自分の見たことを誰にも言わなかった。第八十四番には筧《かけい》甚五右衛門というのが起って行った。つづいて順々に席を起ったが、どの人もかの怪しいものについて一言もいわないので、中原は内心不思議に思った。さてはかの妖怪は自分ひとりの眼にみえたのか、それとも他の人々も自分とおなじように黙っているのかと思案しているうちに、百番の物語はとどこおりなく終った。百すじの燈心はみな消されて、その座敷も真の闇となった。
中原は試みに一座のものに訊いた。
「これで百物語も済んだのであるが、おのおののうちに誰も不思議をみた者はござらぬか。」
人々は息をのんで黙っていると、その中でかの筧甚五右衛門がひと膝すすみ出て答えた。
「実は人々をおどろかすも如何《いかが》と存じて、先刻から差控えておりましたが、拙者は八十四番目のときに怪しいものを見ました。」
ひとりがこう言って口を切ると、実は自分も見たという者が続々あらわれた。だんだん詮議する
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