で酒を飲んだ。それが毒酒《どくしゅ》であったので、ふたりともに命をうしなったのである。それだけのことは検視の上で判明した。しかも、かのふたりは同町内に住んでいる無頼者《ならずもの》であることも判った。唯わからないのは、ふたりを殺した毒酒の出所で、平吉が毒酒をたくわえておく筈もない。ふたりが毒酒を持って来て飲む筈もない。酒は一升樽を半分以上も飲み尽くしてあった。
 それからまた二日ほど過ぎた。
 両国の橋番のおやじは今朝《けさ》も幾匹かのうなぎを大川へ放していると、かねて顔を識っている本所の左官屋の女房が通りかかった。女房は立ちどまって挨拶して、誰にたのまれてその鰻を放すのだと訊いたので、おやじは煙草屋の平吉の供養《くよう》のためであると正直に話した。平吉は殺される日の夕方ここに寄って百両の富にあたった礼だといって三分の金をくれて、放しうなぎの惣仕舞をして行った。そのうなぎは翌朝みんな放してしまったが、考えると平吉が気の毒でならない。富に当ったのが彼の禍いで、それを教えたのは自分であるから、いよいよ彼に対して済まないような気がしてならない。せめてその供養のために、こうして毎朝幾匹ずつかの
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