てたようで、彼はもう口を利《き》くのも大儀になった。それでも、酒や鰻が運び出されると、彼はまた元気がついて、女中を相手に笑ったりしゃべったりした。女中に一|朱《しゅ》の祝儀をやった。かれは空腹のところへ無暗に飲んで食って、女中に扶《たす》けられてようように二階を降りたが、もう正体もなく酔いくずれて、足も地につかないほどになっていた。
「平さんはあぶない。すぐ近所だから送っておあげよ。」と、帳場にいる女房が見かねて注意した。
祝儀を貰った義理もあるので、女中はかれの手をひいて表へ出ると、月のひかりは地に落ちて霜のように白かった。路地のなかまで送り込むと、その門口《かどぐち》には一人の女が人待ち顔にたたずんでいた。
あくる朝になって、この長屋じゅうは勿論、町内をもおどろかすような大事件が発覚した。平吉は奥の三畳で何者にか刺し殺されていた。入口の四畳半の長火鉢のまえには、二人の大の男が血を吐いて死んでいた。
平吉はうなぎ屋から酔って帰って、そのまま奥へはいって寝込んでしまったところへ、他のふたりが忍び寄って刺し殺したのである。かれらはそれから家内を探しまわった末に、入口の長火鉢のまえ
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