る。」
言いながら彼は一分金三つをつかんで渡すと、おやじはびっくりしたように透かしてみた。
「こんなに貰っちゃ済まないな。だが、まあ、折角のお福|分《わ》けだ。ありがたく頂戴しておこう。どうぞあした来てください。放しうなぎの惣仕舞は近頃お前ばかりだ。」
礼やらお世辞やらをうしろに聞きながら、平吉はまた急ぎ足で自分の家へ帰った。彼は今になってまだ午飯《ひるめし》を食わないことを初めて思い出したが、これから支度をするのも面倒なのと、ふところには今までに持ったことのない二両あまりの金がまだ残っているのとで、かれはまたあたふたと駈け出して町内のうなぎ屋へ行った。一方に放しうなぎをしていながら、一方には久し振りに蒲焼を食おうと思い立ったのである。近所で顔を見識っていながらも、ついぞ二階へ上がったこともない平吉を不思議そうに案内して来た女中にむかって、彼は小《こ》あらいところを二皿ばかり焼いてくれと注文した。無論に酒も持って来いと言った。
座蒲団のうえに坐って、平吉はがっかりした。彼はけさからちっとも落ちついた心持になれないで、唯せかせかと駈けずり廻っていたのである。からだも心も一度に疲れ果
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