けないから、いずれ親方が帰って来てから預り証を書いてあげる。それでいいだろうね。」
「へえ、よろしゅうございます。」
重荷をおろしたような、憑物《つきもの》に離れたような心持で、平吉は自分の家へ帰った。しかもかれはまだ落ちついてはいられなかった。かれはすぐにまた飛び出して、近所の時借りなどを返してあるいた。それから下谷まで行って、一番大口の一両一分を払って来た。それでもまだ三両ほどの金をふところにして、かれは帰り路に再び両国の橋番をたずねた。
「平さん。また来たね。」と、おやじは行燈《あんどう》に蝋燭を入れながら声をかけた。
秋の日はもう暮れかかっていた。この時の平吉はもうだんだんに気が落ちついて来たので、あとさきを見廻しながら小声で言った。
「放しうなぎをするよ。」
「いよいよ当ったのかえ。」と、おやじは小声で訊きかえした。
平吉は無言で指一本出してみせると、おやじは眼を丸くして笑った。
「そりゃ結構だ。おめでたい、おめでたい。だが、日が暮れかかったので鰻はもう奥へ片付けてしまった。いっそあしたにしてくれないか。」
「ああ、いいとも……。代《だい》だけ渡しておいて、あしたまた来
前へ
次へ
全12ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング