とより大金であるから、彼は差しあたりの処分にひどく悩んだ。
 正直なかれは、この機会に方々の小さい借金を返してしまおうと思った。それでも五両ほどあれば十分であるから、残りの七十五両をどうかしなければならない。床下にうずめて置こうかとも考えたが、ひとり者の出商売《であきない》の彼としては留守のあいだが不安であった。
 金を取ったらどう使おうかということは、ふだんから能く考えて置いたのであるが、さてその金を使うまでの処分かたについては、かれもまだ考えていなかったので、今この場にのぞんで俄かに途方にくれた。かれは重いふところを抱えて癪に悩んだ人のようにうめいていたが、やがてあることを思い付いた。彼はすぐにまた飛び出して、町内の左官屋の親方の家へ駈け込んだ。
 左官屋の親方はたくさんの出入り場を持っていて工面《くめん》もいい、人間も正直である。同町内であるから、平吉とはふだんから懇意にしている。平吉はそこへ駈け込んで、親方にそのわけを話して、しばらくその金をあずかって貰うことにしたのである。親方は仕事場へ出て留守であったが、女房がこころよく承知して預かってくれた。
「だが、わたしは満足に字が書
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