うなぎの惣仕舞《そうじまい》でもして貰うんだね。」
 ふたりは笑って別れた。その以来、平吉は無理なやりくりをして、方々の富礼を買ってみた。
「どうだね。まだ放しうなぎは……。」と、橋番のおやじは時どき冗談半分に訊いた。
 平吉はいつも苦《にが》い顔をして首をふっていた。それがいよいよきのうの湯島の富にあたって、けさその天神の富会所《とみがいしょ》へ行って、とどこおりなく金百両を受取って来たのであるから、彼は夢のような喜びと共に一種の大きな不安をも感じた。自分が大金を所持しているのを知って、誰かうしろから追ってくるようにも思われて、かれは眼にみえない敵を恐れながら湯島から本所までひと息に駈けつづけた。その途中、橋番の小屋に寄って、おやじにもその喜びを報告しようと思ったのであるが、かれは不思議に舌がこわばって、なんにも言うことができなかった。
 橋番の方はまずあしたでもいいとして、彼は差しあたりその金の始末に困った。勿論、あたり札、百両といっても、そのうち二割の二十両は冥加金《みょうがきん》として奉納して来たので、実際自分のふところにはいっているのは金八十両であるが、その時代の八十両――も
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