錠をあけて、あわてて内へ駈け上がって、奥の三畳の襖《ふすま》をぴったりと立て切って、やぶれ畳の上にどっかりと坐り込んで、ここに初めてほっと息をついた。かれは橋番のおやじに星をさされた通り、湯島の富で百両にあたったのである。かれは三十になるまで独身で、きざみ煙草の荷をかついで江戸市中の寺々や勤番《きんばん》長屋を売り歩いているのであるから、その収入は知れたもので、このままでは鬢《びん》の白くなるまで稼ぎ通したところで、しょせん一軒の表店《おもてだな》を張るなどは思いもよらないことであった。
ある時、かれは両国の橋番の小屋に休んで、番人のおやじにその述懐《じゅっかい》をすると、おやじも一緒に溜息をついた。
「御同様に運のない者は仕方がない。だが、おまえの方がわたしらより小銭《こぜに》が廻る。その小遣いを何とかやりくって富でも買ってみるんだね。」
「あたるかなあ。」と、平吉は気のないように考えていた。
「そこは天にある。」と、おやじは悟ったように言った。「無理にすすめて、損をしたと怨まれちゃあ困る。」
「いや、やってみよう。当ったらお礼をするぜ。」
「お礼というほどにも及ばないが、この放し
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