なりもの》に変ろうとする頃で、昼ながらどことなく冷たいような秋風が番小屋の軒の柳を軽くなびかせていた。
「どうかしなすったかえ。」と、おやじは相手の顔をのぞきながら訊いた。
 平吉は何か言おうとしてまた躊躇した。かれは無言でそこらにある小桶を指さした。番小屋の店のまえに置いてある盤台風の浅い小桶には、泥鰌《どじょう》かと間違えられそうなめそっこ[#「めそっこ」に傍点]鰻が二、三十匹かさなり合ってのたくっていた。これは橋番が内職にしている放しうなぎで、後生《ごしょう》をねがう人たちは幾らかの銭を払ってその幾匹かを買取って、眼のまえを流れる大川へ放してやるのであった。
「ああ、そうかえ。」と、おやじは急に笑い出した。「じゃあ、お前、当ったね。」
 その声があまり大きかったので、平吉はぎょっとしたらしく、あわててまた左右を見廻したかと思うと、その内ぶところをしっかりと抱えるようにして、なんにも言わずに一目散に駈け出した。駈け出したというよりも逃げ出したのである。彼は転《ころ》げるように両国の長い橋を渡って、半分は夢中で相生町の自分の家《うち》へ行き着いた。
 ひとり者の彼はふるえる手で入口の
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