来甲 怪しい旅僧……。
家来乙 むむ。
(二人走りかかって捕えんとす。)
雨月 なにゆえの狼籍……。愚僧決して怪しいものではござらぬ。
家来甲 ええ、海にむかって回向するは……。
家来乙 まさしく平家にゆかりの者じゃ。
(二人は無理に引立てんとするを、雨月はゆかじと争いて、遂に二人を投げ倒す。二人はかなわじと見て逃げ去る。雨月は法衣の塵をはらいて、にが笑い。)
雨月 一旦仏門に入ったるからは、むかしの武士は捨てた筈じゃに、われを忘れて荒気の振舞。法衣《ころも》の手前も面目ない。悟るというはむずかしいもののう。
(二)
浦の苫屋、二重屋体にて竹縁朽ちたり。正面の上のかたは板羽目にて、上に祭壇を設け、注連《しめ》を張れり。中央の出入り口にはやぶれたる簾《すだれ》を垂れたり。下の方もおなじく板羽目。庭前の下のかたに丸太の門口、蠣殻《かきがら》の附きたる垣を結えり。垣のそとには松の大樹ありて、うしろには壇の浦の海近くみゆ。
(浜の女房おしお、さざえの殻の燈台に火をともしつつ独り言。)
おしお やがてもう暮れる[#「暮れる」は底本では「幕れる」]というに、姉妹《きょうだ
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