ぞ。
(細雨《こさめ》ふりいず、玉虫は空を仰ぐ。)
玉虫 五月《さつき》の習い、また雨となったか。これ、宗清、お身は行手をいそぐ身でもあるまい。こよいは一と夜逗留し、晴れ間を待って出立しや。
雨月 して、おまえ様のお住居は……。
玉虫 この浜づたいに五六町……。あれ、あの一本松が目じるしじゃ。
雨月 では、先帝のみささぎに参拝して、それからおたずね申しまする。
玉虫 強くふらぬ間に戻って来や。
(玉虫わかれて去る。雨月は見送る。)
雨月 さらでも女子《おなご》は罪ふかいと聞いたるに、源氏を呪詛《のろい》の調伏《ちょうぶく》のと、執念《しゅうね》く思いつめられたは、あまりと云えばおそろしい。今宵逗留せよと云われたを幸い、今一度あなたのお目にかかって、迷いの雲霧《くもぎり》の霽《は》るるように、御意見申すが法師の務めじゃ。(思案して)まずその前に御陵に参拝いたそうか。
(浪の音高くきこゆ。)
雨月 おお、日暮れて浪が高うなった。空は暗し、雨はふる……。鬼火の迷いいずるというは、今宵のような夜であろう。南無阿弥陀仏、なむ阿弥陀仏。
(海にむかいて再び合掌す。那須の家来二人うかがいいず。)

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