びたる平家の一門、かばねは千尋《ちひろ》の底に葬られても、たましいは此世にとどまって、百年も千年も尽きぬ恨みをくり返すのであろうよ。
雨月 繋念《けねん》五百|生《しょう》、一念無量劫とは申しながら、罪ふかいは修羅《しゅら》の妄念でござりまする。とは云え、世になき人の執念は、法華経の功力《くりき》によって、成仏《じょうぶつ》解脱《げだつ》のすべもあれど、容易に度しがたいは、世にある人の執念……。甥の景清にも一切の執着《しゅうちく》を去って、復讐の企てなど思い切りまするよう、いくたびか意見申したれど……。
玉虫 景清は肯《き》かなんだか。おお、そうであろう。そのようななま悟りの説法めいたことは、わらわとても肯くまいぞ。
雨月 では、お前さまも……。
玉虫 わらわも源氏を呪うているのじゃ。
雨月 源氏を呪うて……。
玉虫 なにを驚くことがあろう。煩悩もあり、執着もあればこそ、人はこの世に生きているのじゃ。執念は人の命じゃ。一切の煩悩や執着を捨つるほどなら、冷たい土の下に眠っているがましであろう。
雨月 憚りながら、それは凡夫の迷い……。
玉虫 はて、くどう云やるな。お身とわらわとは心が違う
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