づく視て、思わずぞっとする。)
雨月 おお、なるほど蟹の甲にはありありと人の顔……。しかも凄まじい憤怒《ふんぬ》の形相《ぎょうそう》……。平家がここでほろびた後に、このような不思議の蟹が……。
三人 そうじゃ、そうじゃ。
雨月 白きは源氏[#「源氏」は底本では「源民」]……赤きは平家の旗の色……。あかき甲にいかれる顔は……。平家の方々のたましいが、蟹に宿って迷いいずるか。
童甲 じゃによって、平家蟹といいますのじゃ。
(雨月は黙して蟹をながめている。)
雨月 これ、子供よ。浜育ちとはいいながら、無益《むやく》の殺生《せっしょう》はせぬものじゃ。この蟹を海へ放してやれ。その代りにわしがよいものをやりましょうぞ。
童乙 よい物をくださるなら、すぐに放してやりましょう。
雨月 おお、聞き分けのよい児じゃ。その代りには何がよかろうぞ。おお、これがよい。(腰をさぐりて糒《ほしい》を入れたる麻の袋をとり出す。)さあ、これをやる程に、蟹は早う放してやったがよい。
(童は袋より糒をすくい出して見る。)
童乙 これはなんでござるな。
雨月 それは糒というもので、水か湯にひたしてたべるのじゃ。
童乙 あり
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