怖ろしいとも存じませぬが、瞋恚《しんい》執着《しゅうぢゃく》が凝りかたまって、生きながら魔道におちたるお前さまは、修行の浅いわれわれの力で、お救い申すことはかないませぬ。おいたわしゅうござりますれど、もうおわかれ申しまする。
(詞《ことば》すずしく云い放ちて、雨月は数珠にてわが身を払いきよめ、笠をかたむけてしずかにあゆみ去る。又もや雨はげしく降りいず。玉虫は起ちあがりて、二つの死骸を見おろす。)
玉虫 呪詛《のろし》のしるしあらわれて、ここにふたつの生贄《いけにえ》をならべた。源氏の運も長からず、一代…二代……。(指折りかぞえて。)おそくも三代の末までには……。かならず根絶やしにして見しょうぞ。(物すごき笑みをもらしつ。)さるにても、妹はともあれ、与五郎は那須の一族。かれを此のように殺したからは、敵も安穏には捨て置くまい。やがて射手の向うは知れたこと……。わらわの身を隠すべきところは……。
(浪の音たかく、一匹の平家蟹這い出で、縁にのぼる。)
玉虫 おお、蟹……。わらわを案内してたもるか。して、どこへ……。海へゆくのか。よい、よい。(蟹は消ゆ。浪の音いよいよ高し。)
玉虫 や、蟹はい
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