つの間にか……。(あたりを見廻して。)おお、新中納言どの……。能登守どの……。また見えられたか。いざ御一緒に……わらわも海へまいりまする。おおそうじゃ。浪の底にも都はある。わらわも役目を果たしたれば、これからはお宮仕え。さあ、お供いたしまする。
(眼にもみえぬ人に物いう如く、玉虫はひとり語りつつ庭に降り立ち、表のかたへ迷い出でんとする時、向うより那須の家来弥藤二は松明を持ちて再びいず。)
弥藤二 若殿……。お迎い……。
(云いつつ門《かど》をあけんとして、出逢いがしらに玉虫に突きあたる。玉虫は物をも云わず、その松明をうばい取る。弥藤二おどろきて支えんとするを、玉虫は無言にて突き退け、片手に松明をふりかざして、緋の袴を長くひきつつ、足もしどろに迷いゆく。弥藤二は呆れてあとを見送る。浪の音、雨の音。)[#地から1字上げ]――幕――

[#地付き](明治四十四年九月執筆/明治四十五年四月、浪花座で初演)



底本:「伝奇ノ匣2 岡本綺堂妖術伝奇集」学研M文庫、学習研究社
   2002(平成14)年3月29日初版発行
初出:「浪花座」公演
   1912(明治45)年4月
※底本は、物を数
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