一ほんたうに奥様が来るやうであつたら……。えゝ、気の揉めることぢや。たとへ口ではなんと仰せられても、男はいつはりの多いものとやら。なんとかして殿様の、心の奥の奥を確かに見きはめる工夫はないものか。(思案しながら我手に持つたる皿にふと眼をつける。)お家に取つては大切な宝といふこの皿を、もしも妾《わたし》が打砕いたら……。(又かんがへる。)とは云ふものの、大切なお道具を、むざ/\毀《こは》すは勿体ない。
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唄※[#歌記号、1−3−28]雲さへ暗き雨催ひ、故郷の空はいづこぞと、ゆくてに迷ふ雁《かり》の声。
(お菊は皿をながめて、毀さうか毀すまいかと迷つてゐる。)
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お菊 えゝ、もう寧《いつ》そのこと。
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唄※[#歌記号、1−3−28]しづ心なく散りそめて、土に帰るか花の行末。
(この以前よりお仙は下手《しもて》より出で来りてうかゞひゐる。お菊は思ひ切つて一枚の皿を取り、縁の柱に打ち付けて割る。この途端に、下の方にて「お帰り」と大きく呼ぶ声。お仙は早々に下の方へ立去る。上の方より庭
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